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「戦艦大和」命名は [その他]

 当時の艦名の命名基準で戦艦は旧国名となっていました。
 軍艦の命名は、海軍大臣が複数の候補を選定して天皇の治定を仰ぐことが定められていた。
 1940年(昭和15年)7月25日、海軍が艦名候補として『大和』と『信濃』を挙げ、昭和天皇は『大和』を選択されました。
 天皇の決定をうけて吉田善吾海軍大臣は「第一号艦」を大和(やまと)と命名した。

 戦艦大和艦内にあった祭殿には奈良県天理市の大和(おおやまと)神社の分霊が祭っています。 大和神社には戦艦大和以下沖縄に向かった第2水雷戦隊の慰霊が祖霊社に合祀されています。

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写真をクリックすると拡大します。
 大和神社では、毎年8月7日に「戦艦大和みたま祭」を斎行しており、先の大戦にて戦禍に倒れた多くの多くの人々に慰霊の誠を捧げ、感謝の心を伝え、世界の平和を願っております。

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